2018.08.31

感情を計測し、動かす「柔軟物コンピューティング」の世界

人間の情動も捉えることができる「柔らかな」センサ

近年注目を集めるIoTの分野では、用途に応じたさまざまなセンサ技術が活用されています。慶應義塾大学 理工学部 情報工学科 専任講師・博士、杉浦裕太さんが研究を進めるのは「柔軟物コンピューティング」。柔らかいものにセンサを組み入れることで、どのようなデータ取得が可能になるのでしょうか。お話を伺いました。

目次

「光の量」によって密度を感知するセンサ

――杉浦さんが研究されている「柔軟物コンピューティング」とはどういうものでしょうか。

杉浦

その名の通り「柔らかいもの」にコンピュータを搭載する技術のことです。例えば、この「FuwaFuwa」は一見普通のクッションですが、中に小さいセンサが入っていて、触ったポイントや、触った時の押し加減などの記録を取ることができます。

杉浦裕太さん
慶應義塾大学 理工学部 情報工学科 専任講師・博士、杉浦裕太さん

――見た目は雑貨店で売っていそうな、普通のクッションですが……。どのように記録を取っているのでしょうか。

杉浦

綿の内部奥深くに「反射型光センサ」と呼ばれるセンサを取り付けています。綿に向けて光を照らすと、その密度によって、跳ね返る光の量も変わります。例えば、クッションをギュッと押すと、綿の密度は高くなりますよね。逆に、手を離せば、密度は低くなります。それを、光で計測できるよう開発したんです。

――小指の先ほどの、かなり小さいセンサですね。

杉浦

クッションの柔らかさが失われないよう、小型にしているんです。センサが大きいと、ふわふわ感が失われますから。

喜びやストレスも計測できるように

――そもそも、何故「柔らかいものにコンピュータを搭載する」という考えに至ったのでしょうか。

杉浦

単純に、小さい頃からぬいぐるみが好きだったんです。柔らかいものは、温かみが感じられて、触れているだけで癒されますよね。IoTデバイスというと、ほとんどが四角で、硬いのが普通。だからこそ、柔らかいものがIoTになり、情報メディアになれば面白いと考えました。コンピュータと人間をつなぐユーザーインターフェイスになり得るものだと。

――このFuwaFuwaは、どんなシーンでの活用法が考えられますか?

杉浦

普段の生活では、あまり考えたことがないかもしれませんが……実際、人の生活空間は、柔らかいものに囲まれているんですよね。例えば、カーペット、タオル、布団、枕。全て柔らかいものです。こうした素材にセンサやモーターなどの電子デバイスを組み込むことで、室内のアクティビティログの取得や、家族のモニタリングに活用できるでしょう。

――収集できるデータは、どのようなものでしょうか。

杉浦

クッションに触った回数や、その圧力などです。柔軟性コンピューティングのポイントは「柔らかい対象物には、人間の情動が反映されやすい」ということです。例えばぬいぐるみを撫でる、悔しくてクッションを叩く、不安になって、ぎゅっと抱きしめる……など、柔らかいものに触れると、人は自然と感情を反映させた行動にでるんです。従来のIoTデバイスよりも人間に近いところに入ることができるようになる結果、インターフェースと人間の関係性がより身近なものに変化し、喜びやストレスといった感情を計測できる可能性がでてきます。

――クッションでストレスを計測するというわけですね。その他に、柔軟物コンピューターを商品化に利用するとしたら、どんなアイデアがあるでしょうか。

杉浦

ゲームのコントローラーに採用すると、エンターテインメントのあり方が変わるかもしれません。コントローラーは通常硬く、持って指先で操作するのが当たり前です。それに対し、柔らかいふわふわしたコントローラーを作れば、ゲーム世界の表現や、内容も自ずと変わってくるでしょう。例えば、叩くとか、投げるとか、またはハグするとか、ダイナミックな操作が生まれる可能性があります。ボタンがないので、ご年配の方の運動トレーニングにも利用していただけると思います。小さい子どもでも簡単に操作が可能です。

コンピュータ自体の存在を透明化させたい

――FuwaFuwa以外にも、柔軟性コンピューティングを使ったプロジェクトはあるのでしょうか。

杉浦

ぬいぐるみが動きだす・しゃべりだすIoTデバイス「PINOKY」というものがあります。ぬいぐるみ型のロボットは、愛嬌があり、触れると柔らかいため、セラピーやコミュニケーションツールとして活用されています。しかし、中身をカスタマイズすることは難しく、それ専門の新しいロボットとして購入しなければなりませんでした。でも、本当に実現してほしいのは、「自分のお気に入りのぬいぐるみ」が動くことですよね。ずっと寄り添ってきたぬいぐるみがしゃべりだしたら、どんなに嬉しいだろうと。PINOKYは、その課題をクリアするためのプロジェクトなんです。

――ぬいぐるみの腕部分に、クリップのような輪がついていますね。

杉浦

ぬいぐるみは市販されているもので、輪になったリング型の部分が本体であるデバイスです。このデバイスには、無線機器・バッテリー・センサなどが一体化されています。
動かしたい部分に装着すると、2つのモーターが、ぬいぐるみ表面の布を引っ張って動かします。腕につければ「バイバイ」のような動作に、尻尾につければ喜びの感情のように左右に振れる。自分のぬいぐるみの好きな部分に装着できるのがポイントです。

――どのようなことをしゃべるのですか?

杉浦

その部分もカスタマイズが可能です。これは、今後搭載したいアイディアですが、例えばデバイスの中に「買われてきた日のこと」をデータとして入れておく。そうすることで、ぬいぐるみが昔の思い出を語り出すというシーンを作ることができます。亡くなった家族の思い出や、記念日のことをしゃべることで、ユーザーの記憶を想起し、感情を動かします。ネットワークを介し、 Wi-Fiなどの無線通信でデータを送受信すれば、二体のぬいぐるみを交流させ、会話をさせることも可能です。

――従来のIoTデバイスとは違う、ユニークなものばかりですね。

杉浦

他にも、カーペットの毛羽立ちを利用した落書きツール「Graffiti Fur」というものがあります。誰しも、こどもの頃、カーペットに指で絵を描いた経験があるのではないでしょうか。あれは、毛の倒れ具合によって、色の明るさが違って見えるというもの。その現象を利用して、カーペットをディスプレイにしてしまおう、と。

――つまり、Graffiti Fur本体は、カーペットに絵を描くためのデバイス、ということですね。

杉浦

ローラータイプ、ペンタイプ、プロジェクタータイプの3種類のデバイスがあり、ローラータイプのものは、本体の裏面に16個のロッド(棒)がついています。それを交互に動かし、カーペットに絵を素描します。絵のデータは、アプリケーションに「ドット絵」として入力したり、写真やイラスト、テキストを反映することも可能です。

――床一面をアートにできるなんて、素敵ですね。

杉浦――インクも使わない、エコなアートなんです。本来、表現する場所ではなかったところが、表現する場所に変わる。しかも、好きに描けるだけでなく、すぐに消すこともできる。ホテルの部屋のカーペットにウェルカムメッセージを描くなど、おもてなしのシーンでも利用できるでしょう。ほかにも、カーペットを使ってプロポーズ、というサプライズも面白いかもしれません。カーペットだけでなく、人口芝にも対応しています。
 

――柔軟性コンピューティングの技術は、さまざまなビジネスへの応用が期待できそうですね。

杉浦

そうですね。先に挙げたFuwaFuwaは、テストマーケティングに使えるかもしれません。例えば、柔らかい素材で出来たソファーやベットなど商品の色違い全てにセンサを入れておき、サンプルとして展示する。一日展示しておけば、一番多く触られた商品はどれだったのか、計測することが出来ます。最近、大手メーカーさんとの共同で、世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ」トークセッションの最中に、柔軟物コンピューティングのデバイスを用いて、観客からの意見を収集することができるシステムを出展しました。世界的にも「柔軟物」に注目が集まっていることを感じました。

――これらの技術を使って生まれる、杉浦さんが思い描いている未来とは、どんなものでしょうか。

杉浦

今や、ウェアラブルデバイスを使ってアクティビティログを取ることは当たり前になりました。でも、行動を変えるにはスマートフォンを使ってデータを見たり、読み解く必要があります。私が目指すのは、使わないコンピュータ。意識的に使うのではなく、存在自体が透明で、自然に生活の中に溶け込んでいくものを作りたいと思っています。センサは、あくまでも日常の延長線上に接しているのがベスト。今後は、より生活空間、環境にマッチするものを作っていきたいですね。 柔軟性コンピューティングは、その「ふわふわ感」で人間のふところに入っていくもの。優しい感触を通じて、人が意識しないIoTの世界を作りたいと思っています。

センサと人間の接点を、無機質なものから、より人になじみやすい柔らかなものにするという杉浦さんの発想は非常にユニークです。 IoTの要となるのは「データをいかに価値化するか」という部分ですが、一方でいかにデータを取得していくのかという部分も肝。人々の日常生活に溶け込みやすい「柔軟物」によるセンシング技術が発達することで、これまでにないデータ(例えば、人間の繊細な情動など)を取得することが可能になるかもしれません。

Written by:
BAE編集部