2018.09.05

『ざんねんないきもの事典』をロングセラーに導いた“逆説的視点”

水族館とのコラボ、アニメ化も実現。人気コンテンツになりえた理由

5万部を超えれば大ヒットと言われる児童書。2016年の発売から売れ続け、シリーズ累計250万部を突破した『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)は、まさに空前の大ヒットと言えます。

なぜ同書は、発売から現在まで売れ続けているのでしょうか。出版元の高橋書店 書籍編集部主任 山下利奈さんに「ヒットが生まれた背景」についてお話を伺いました。

目次

図鑑の王道「すごい!」ではなく、「ざんねん」に着目

山下利奈さん
『ざんねんないきもの事典』の担当編集を務める、高橋書店の山下利奈さん

――『ざんねんないきもの事典』は、堅いイメージがあった“図鑑”というジャンルに、新たな可能性を提示したヒット商品と言えると思います。企画が誕生した経緯から教えてください。

山下

高橋書店は、出版・手帳メーカーとして、これまで多くの書籍を手掛けてきました。生き物の図鑑もいくつか出ており、子どもたちに人気の定番コンテンツとして認知されていました。

しかし、どの図鑑を見ても「うさぎは耳が長くて、遠くの音まで聞こえる!」「チーターは足が速くて、狩りが得意!」など、“すごい”部分に焦点が当たった紹介ばかりであることに気が付きました。

ですが、私たち人間も、いいところだけでなく、悪いところもあるからこそ、愛おしいと思えるものです。であれば、動物の“ざんねん”な部分に焦点を当てた図鑑があってもいいのではないかと考えたことが本書のスタートです。

『ざんねんないきもの事典』は、これまで紹介されることがなかった動物の“ざんねん”な部分に焦点を当てている 
 イラスト・下間文恵

――企画当初から「ざんねん」というキーワードはあったのですね。タイトル名にも使われている言葉ではありますが、それ以外の候補もあったのですか?

山下

検討はしましたが、よりよい候補はなかったですね。他に出た案としては、「不思議な動物事典」などもありましたが、「ざんねん」という言葉の持つインパクトには敵わないと考えました。ただ、「ざんねん」という言葉がネガティヴに伝わることは懸念しました。

とはいえ、私たちが会話などで「ざんねん」という表現を使う際は、そこに愛情があるケースが多いと思うんです。むしろ、愛がなければ選ばない言葉ですよね。だからあえて、動物への愛情と敬意を込めて、いちばんキャッチーな「ざんねん」という言葉を使うことにしました。

――そうして出版された同書は、児童書では考えられないほどの大ヒットを記録しました。他の児童書と何が違ったのですか?

山下

図鑑には王道のスタイルがあるのですが、『ざんねんないきもの事典』は、そのスタイルをまるで継承していない書籍です。文章も砕けていますし、ページごとの見出しも非常にカジュアルで親しみやすいものにしています。

また、児童書の表紙というのは、子ども受けを意識して、ビビッドな色を使うことが多いのですが、『ざんねんないきもの事典』はむしろシック。すべてにおいて逆を行っている、とも言えるかもしれません。

ですが、第1弾から最新の第3弾まで、メインのターゲットは変わらず「小学校4年生男子」です。普段は読書をしないような子どもでも楽しめる。そんな書籍を目指しました。ただ、第2弾以降は、読者層も広がっていましたので、“大人も楽しめるネタ”を掲載することを意識しました。

成功の要因は、潜在的なニーズを発掘できたこと

――発売してみると、当初はターゲットではなかったはずの「大人たち」を巻き込み、大きなブームとなりました。その要因は何だと考えていますか?

山下

これまで図鑑で紹介されることの少なかった“ざんねん”をキーワードにしたことで、大人も知らない情報が多く掲載され、それが好奇心を刺激したようです。また、親しみやすいイラストを主体にした構成により、大人と子どもが一緒に楽しめる、つまり「家族で楽しめる図鑑」になったことは、ヒットにつながった要因のひとつだと感じています。楽しく動物のことが学べる図鑑として、知育的なニーズも満たせたのではないかと思います。

その結果、シリーズ累計250万部という、児童書としては信じられないほどの大ヒットとなりました。

『ざんねんないきもの事典』への読者ハガキの一部。わざわざ書いて、ポストに投稿する手間を考えれば、同書に熱心なファンが多くいることがわかる

――シリーズ第2弾発売時には、電車広告を初めて行い、そのクリエーティブも話題となり、大きな追い風となったそうですね。

山下

はい。広告のクリエーティブにはこだわりました。『ざんねんないきもの事典』の最大の魅力は、キャッチーなイラストと文章にあります。その点を広告でも前面に押し出しました。

同書からネタをピックアップし、「ざんねんなお知らせ」という見出しとともに出稿した中吊り広告は評判を呼び、さらに多くの読者を獲得することとなりました。写真を撮り、SNSに投稿する方もいましたし、同時にテレビ番組でも紹介されたこともあり、想像以上に大きな宣伝効果を生む結果となりました。

『ざんねんないきもの事典』の中吊り広告
『ざんねんないきもの事典』の中吊り広告。同書の魅力を端的に伝えるために、事典内の見出しとイラストを抜粋したクリエーティブを作成した
 

――『ざんねんないきもの事典』はもはや、大きなムーブメントと呼ぶこともできそうですね。

山下

『ざんねんないきもの事典』は、これまでなかった新しいジャンルを生むことに成功した図鑑なんです。誰も手をつけなかっただけで、実はそこに“潜在的なニーズ”はあったわけです。だからここまで大きなヒットにつながったのだと考えています。

――「潜在的なニーズ」とは、具体的にどのようなものだとお考えでしょうか?

山下

そうですね。アンケートハガキを読む限り、若い女性ですと「癒やされています」という声や、男性の会社員から「勇気をもらった」というものまで、幅広くあります。なかには、「孫との会話に困って購入。本をきっかけに一緒に動物園に行った」という、コミュニケーション目的のケースもあります。

おそらく同書に求めたモノは人によって異なると思います。しかしさまざまなニーズに、結果として応えるものになっていたことが多くの支持を得る結果につながったのだと感じています。

また「雑学」は、いまも昔も変わらず、子どもからも大人からも愛されるジャンルであり、“思わず話したくなる”という特徴があります。それがうまくSNS時代の現代とマッチしたようにも思います。

加えて、“時代性”という意味では、ライフスタイルも多様化するなかで、「みんな違ってみんないい」という現代の風潮も、本書に登場する動物たちの個性をより愛おしく見せている要因かもしれないですね。

“コンテンツ“へと成長し、水族館とのコラボ、アニメ化も実現

――ブームは止まることなく、今年は「サンシャイン水族館」とのコラボレーションもありましたね。

山下

はい。「サンシャイン水族館」からお声掛けいただき、コラボレーションが実現しました。『ざんねんないきもの事典』に掲載されている動物を、オリジナル解説とともに展示しました。

その取り組みはメディアでも多く取り上げられ、来場者数は19万人以上。およそ半年だった展示期間も一ヶ月延長になるほど人気を博しました。また現在、名古屋パルコでも「サンシャイン水族館×高橋書店『ざんねんないきもの事典』シリーズ ざんねんないきもの展」 in 名古屋パルコ(2018年8月9日(木)〜10月1日(月)まで)が開催されているのですが、こちらも好評です。

山下

また両イベントの人気に呼応するように、書籍の売り上げも順調に推移しています。さらに最近では、本書を原作としたショートアニメも制作され、この夏、Eテレで放映されました。

アニメを見ていただいた方の反応も、概ね良好です。出版物のアニメ化の場合、原作との乖離に批判が起きるケースもあります。しかし今回の場合は、「爆笑」「ハマりそう」「わかりやすい」「レギュラー化して欲しい」など、ポジティブな反応が多い傾向にありました。今後、さらに国や地域を越えたファン層の拡大に期待しています。

アニメビジュアル
山下

こうして書籍から始まり、『ざんねんないきもの事典』は現在、多方面から“コンテンツ”としても注目を浴びています。そのことを、とてもうれしく思っています。

――最後に。今後の展望を聞かせてください。

山下

個人的にこのシリーズは、読者の方に求めていただける限り、続けていきたいと思っています。

今回、『ざんねんないきもの事典』を通して、“読者目線で物事を考える”ことの重要性を再認識しました。読者の期待に応えるために、同書は見出しを何度も直し、1枚のイラストも数十枚の写真を参考にしながら、ディテールにもこだわって制作しています。

そうしたこだわり、思いが読者の方に届き、SNS上で情報が拡散し、書籍は大ヒットとなりました。さらにその後コンテンツとして、水族館コラボ、さらには知育キャラクターとしてアニメ化されるなど、さまざまな形でファンの方々と接点が生まれたことには、私たち自身も驚くとともに、大変うれしく思っています。今後も読者に寄り添い、読者に愛される出版社であり続けたいですね。

山下利奈さん

児童書(図鑑)という聖域に、逆説的な視点で物事を捉えて、ヒットになった『ざんねんないきもの事典』。既成概念にとらわれず、成功を生み出した同書は、アイデアを考える上でのヒントが詰まった好例と言えそうです。

Written by:
BAE編集部