2020.09.25

“技術と人との協力”で学びを支えるエドテック。オンライン学習への活用が順調に拡大

テクノロジーで学習のあり方やライフスタイルが変わる

エドテック(EdTech)は「Education(教育)」と「Technology(技術)」を掛け合わせた造語で、ITを活用した教育への新たな取り組みやサービスを指すものです。米国で誕生したのは2000年代の中頃。日本国内では長く黎明期にありましたが、ニューノーマル下で教育のオンライン化が求められ、市場は急拡大しています。
エドテックは今、どのように歩みを進めているのでしょうか。また、エドテックの普及によって、生活者の学びやライフスタイルは、どう変化していくのでしょうか。中高生向けの学習塾にAIでパーソナライズした教材を提供する atama plusの稲田さんにお話を伺いました。

目次

「AIがティーチング・人がコーチング」がエドテックのカギ

——エドテック市場の概況を教えてください。

米国のMarkets and Markets社の調査によると、世界のエドテック市場規模は2015年で5.2兆円、2020年で11.2兆円となっており、年平均16.72%のペースで拡大しています。
国内市場は、2016年実績で1,691億円、2023年で3,103億円と予想されています。日本は米国、中国に次ぐ世界第3位という巨大な教育市場を持つ国でありながら、エドテック分野では後れをとっている状況です。
ただ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるロックダウンや休校等の影響を受けて、グローバルでも国内でも成長のスピードは増しています。

——どのようなエドテック企業やサービスがあるのでしょうか。

グローバルで台頭するK-12及び高等教育系(日本でいうところの幼稚園の年長から大学卒業年次まで)のエドテック企業でいうと、下記のようなマップに分類できます。

テクノロジーを活用して基礎教科の学習領域でプロダクトを提供する国内外のエドテック企業をまとめたカオスマップ
引用元:atama+ EdTech研究所 https://edtech-research.com/blog/vol1-about-edtech/
インドの「BYJU’S」「Toppr」、ブラジルの「Descomplica」、中国の「Yuanfudao(猿輔導)」など、“受験が熱い国”を中心に、巨額の投資を集めるサービスが存在する

単に教材をデジタル化したeラーニング等も「エドテック」と呼ばれる場合がありますが、実際にはより高度なテクノロジーを投じた、教育スキーム自体のイノベーションに通じるサービスがエドテックと表現できると思います。

——atama plus社ではどのようなサービスを提供されているのでしょうか。

AI教材「atama+」を、全国の塾・予備校1900教室以上(2020年7月末時点)にSaaSモデルで提供しています。AIを活用して、生徒の得意な部分や苦手な部分、伸びやつまずきの傾向、集中度や忘却度、学習履歴などの情報を収集・分析し、学力向上のために一人ひとりにパーソナライズしたカリキュラムを作成します。

生徒向けの学習用画面の例。苦手な問題を生む根本的な原因をAIが分析し、一人ひとりの理解度に合わせたカリキュラムを作成。原因にさかのぼって学習することができ、確実な理解に繋げる

「成績が上がる」という形で効果がはっきり表れることが、エドテックの特徴の一つです。例えば、2018年のセンター試験(数ⅠA)では、「atama+」で2週間学習した受講生の伸び率の平均は、+50.4%(約1.5倍)となりました。

——教材はAIが作成し、講師は生徒の学びをサポートするということでしょうか。

はい。AIにティーチングを任せることで、講師はコーチングに専念するという形です。生徒一人ひとりのつまずきの原因を解析し、理解度に合わせたカリキュラムを作成するなど、AIが得意な部分はAIに任せて、講師側は生徒に寄り添って問題の解き方や学習の姿勢を教えたり、一緒に目標を決めたりするほうを担うということです。

いくらパーソナライズされた教材でも、“ただやり続ける”だけでは、子どもたちはすぐに飽きてしまいますし、学習の方法そのものをサポートしたり、子どもに合った励まし方をしたりすることは、人間のほうがプロフェッショナルです。AIと人とがそれぞれに得意分野を担当し、ベストミックスを作ることで、効率的な基礎学習の習得や、学力向上に繋がる学びが実現できます。

1人の講師が10~20人ほどの生徒を指導。学習のやり方自体を教える、目標設定を行って並走する、意欲を途切れさせないためのアドバイスを行うなど、コーチングに注力できる

塾や学校での学習と、自宅学習のハイブリッド化が進む

——休校などの影響で、オンライン学習が大きな注目を集めていますね。御社のサービスに影響や変化はありましたか。

以前は塾の教室で使うタブレット向けアプリを通して教材を提供していましたが、2020年の春からは、生徒が自宅のPCやスマホのブラウザ画面から使うことができるようにしていました。
また、従来より提供していた講師向けプロダクト「atama+ COACH」で、講師が生徒の学習姿勢や進捗をリアルタイムで確認しながら、コーチングすることで、遠隔でも、生徒は通常授業と同等の授業を受けることができます。さらに、生徒がより質問しやすいような機能等をatama+に実装しました。

休校が宣言された2月末以降、緊急事態宣言中は、ほとんどの「atama+」導入塾がこの仕組みを活用したオンライン授業に切り替えていました。現在は塾も開校し始めており、対面授業を開始する塾もでてきています。

この休校期間で、多くの保護者が自宅で生徒の学習の面倒をみることの大変さを実感し、塾の授業以外の学習も指導してほしいというニーズも浮き彫りになりました。こうした状況を踏まえて、多くの塾で、対面もしくはオンラインで実施する授業に加えて、自宅学習も支援するハイブリッドな学習サービスの提供が始まっています。

対面ないしオンラインで行う塾の授業では、生徒は講師と学習計画の作成や見直しに注力。授業外では計画にそってatama+で学習をすすめる

——講師の対応や、生徒や保護者の受け止め方などに変化はありましたか。

私たちは塾にプロダクトを提供するだけではなく、塾と共に日々試行錯誤しながらイノベーションに取り組んでいますが、講師の役割には、一部変化が求められてきました。
具体的には、今までのように塾に来た日の学習をプランニングするだけではなく、家庭で学習するための環境づくりのアドバイスをしたり、学校や塾が休校の日を考慮してスケジュールを組むなど、生徒のライフスタイルを把握した上で、学習全体のコーディネートを行う必要が出てきたという感じです。

Amata plus株式会社 代表取締役 稲田大輔さん
atama plus株式会社 代表取締役 稲田大輔さん

生徒や保護者の様子についても、実は、ここ数カ月間のうちに業界の変化に大きく関わる様子がみられました。
休校中、全国の塾の対応はおおむね「エドテックあり」と「エドテックなし」の二つに分かれていました。先述のように、自宅でもAI教材を活用して学習を進める塾と、授業をそのまま録画配信したり、リモート会議ツールで中継するなど、いわゆる“旧来型の授業”をオンラインに落とし込もうとした塾の二つですが、両者に大きな差が見え始めたのです。

後者のような旧来の授業方式はリアルな教室で行われるからこそよいものであって、そのままオンラインで配信する形では、難しい面が出てきました。生徒側は先生の板書が見えにくいですし、先生も生徒の様子やノートが見えにくく、質問のやり取りもしにくいのです。しかし、エドテックを導入していた教室では、子どもたちは普段通りに学習を進めることができました。

しかも、自粛下では多くの保護者が勉強中の子どもの様子を見ていましたから、どちらが自宅学習に効果的かが、そのまま家庭に伝わりました。
それまで、紙と鉛筆での勉強こそが重要だと感じていたり、AIで勉強することに疑問や抵抗を感じていた保護者も、実際に学習が進む様子を見て納得感を得られたようです。

——エドテックに対する一般的な理解が深まり、その効果も周知される結果に繋がったということですね。

はい。オンライン学習下でエドテックが非常に役立つことが、多くの家庭に自然と伝わりました。国内でエドテックの普及がなかなか進まなかった理由の一つに、AI教材などの未知のものに対する無意識の抵抗感があったと思いますが、休校をきっかけに多くの人々のマインドセットが変わったと感じています。

今後はエドテック導入塾が大きくシェアをとるなど、業界全体がドラスティックに変化するでしょう。
もちろん、リアルでしか教えられないこともあり、リアルな学習や教室の価値が失われたわけではありません。塾や学校での学習と自宅学習のハイブリッドのバランス――例えば、どのくらいの割合で教室に通うかなどに、今後塾現場でどんどん解が見いだされていくと思うので、それを参考に教育全体が追随してくるのではないかと考えています。

学校の休校中、エドテック企業やオンライン学習をサポートする企業もそれぞれ休校に対応するサービスを提供。経済産業省が特設サイトを開設し、各社の取り組みを紹介している

時間や場所を越えて、無学年で学べる世界がやってくる

——今後、伸びていくエドテックサービスなどはあるでしょうか。

授業だけでなく、模試や試験に用いるソリューションも求められてきています。私たちも、今年の7月から駿台予備学校と共にオンラインで受験可能な共通テスト対策模試をはじめました。
オンラインの特性を活かし、生徒はどこでも受けられて、すぐに採点結果や学習レコメンドを見ることができます。また、レコメンドされた内容をatama+と連携し、学習をはじめることも可能です。

数年のうちに、実際のテストや学生以外を対象にした資格試験なども、オンライン上で受けられるようになるでしょう。海外では、本人確認やカンニング防止などのセキュリティ機能を付加したオンライン試験もすでに展開されています。

オンライン試験のためのセキュリティプラットフォームを開発する米国の「Examity(エグザミティ)」。400以上の大学や企業の試験や評価、一部司法試験の運営等に利用される

——学校教育や、その他の児童や大人の教育に対するエドテックの導入も期待されていますが、こちらも順調に進むでしょうか。

日本においては、塾のマーケットからエドテックの普及が進んでいくと考えています。今私たちが対象にしている高校生・中学生の塾マーケットについては、この先1、2年でガラリと変わるでしょう。学習改革への意欲の高い私立高などからも、すでにたくさんの問い合わせをいただいています。将来的には、小学生や未就学児童の教育にも取り組んでいきたいと考えています。

エドテック導入に向けて課題となっている、学校におけるIT環境の整備もこれから進んでいくのではないでしょうか。良いテクノロジーやサービスはどんどん入れていくべきだと思います。私たちも、音声技術やVRなど、その他の新しいテクノロジーが子ども達の学習に必要だと感じれば、どんどん取り入れていくつもりです。

大学生向け、大人向け領域に当たるエドテックサービスも拡大していくと思います。世界全体の教育市場で最も大きいのは、大学経営を含めたHigher Educationの分野ですし、マネタイズしやすい資格試験等への導入などを含めて、大人向けのエドテックのほうがビジネスにはなりやすいでしょう。

——エドテックがより普及して、学校教育などにも当たり前に活用されるようになると、人々のライフスタイルや学ぶことの価値なども変わってくるでしょうか。

誰もが時間や場所を越えて学べるようになりますし、学年制がなくなり、学習内容だけでなく時間割などもパーソナライズされる、といった方向に変化していくでしょう。実際に、atama+導入塾の教室内では、もうすでにそのような形に変わりつつあります。教材のパーソナライズによって、「学年を揃えてみんなで同時に勉強をする」という必要がなくなるんですね。
地域を越えた、学習を通じたコミュニケーションもより進むと思います。例えば、非英語圏の子ども同士が英語を学びながら会話などができるようになれば楽しいですよね。

いままでの教育は、決められた授業を受けたら前に進む「履修主義」でした。しかし、エドテックを活用すると、理解したら前に進む「習得主義」に変わることができます。
生徒一人ひとりが、基礎学力を効率的にしっかりと身に着けることができれば、社会でいきるための学びの機会も増やすことができ、自分の人生を生きる人が増えるでしょう。それを叶えたいというのが、私たちのミッションです。


——今後の国内でのエドテック普及のための課題やポイントはどこにあるでしょうか。

私たちのサービスでは、子どもたちの学習のデータを細かく見直して、教材をどんどん改善し続けていますし、データでは取りきれない子どもの表情や計算用紙の使い方も細かく観察して、コーチングへのアドバイスにもフィードバックしていきます。
先述の通り、エドテックの要は「AIと人とのベストミックス」です。普及・拡大を進めるには、生徒側と講師側の両方に役立つ仕組みが必要であり、それを構築していくには、地道なイノベーションの積み重ねが重要です。ニューノーマルの時代においても、その点は変わらないと思っています。

ただ、国内の他の企業などの取り組みを見ると、まだ教材の配信のみに特化したサービスなどがほとんどのようです。スタートアップを含めて、「技術×人」という点に腰を据えて取り組む企業やエンジニアの数が増えていくことも、今後のエドテック普及のための大きな課題の一つだと言えると思います。


個々の学習力アップだけではなく、教育全体のイノベーションに通じるエドテックサービス。国内でも近い将来、学習塾や自宅だけではなく、学校教育や一般向けの試験・学習などへと浸透していくはずです。また、基礎教育とはやや性質が異なるものの、AIを活用した課題の分析等に近い技術は、社会人向けの企業研修等へ応用されていく可能性もありそうです。
エドテック業界においても、教材の開発、教室や先生等との連携、試験システムの導入など、一気通貫したプラットフォーム開発に根気よく取り組むエドテック企業のさらなる登場が待たれています。

Written by:
BAE編集部