2021.04.06

欧米で急拡大する代替肉市場で期待される「細胞培養肉」。国内での普及の可能性

化粧品やヘルスケアの素材も生み出す新技術

サステナブルな食生産や食のQOLを考える上で、注目される「代替プロテイン(たんぱく質)」。欧米を中心に市場の急成長が続く背景には、世界的な人口の増加や経済成長、環境問題などの、社会的な課題が存在します。
食肉に対する需要は2050年には2007年比で1.8倍に上ると予測され(※)、供給が不足する可能性があるともいわれ、代替肉の普及に期待が寄せられています。
代替肉の開発と普及はどのように進み、食の未来をどのように支えてくれるのでしょうか。細胞培養技術を開発する、インテグリカルチャーの羽生さんにお話を伺いました。
※ 2013年 国際連合食糧農業機関(FAO)世界食料農業白書による

目次

環境面や倫理面からも注目される“細胞農業”

——欧米を中心に、植物肉などの代替たんぱく質への注目度が高まっています。2020年の世界市場規模は、約2,572億6,300万円、2030年には約1兆8,723億円に拡大するとの予想もありますが(※)、日本ではまだ一部にしか普及していない印象です。一体なぜでしょうか。
※ 2020年矢野経済研究所による(植物肉・培養肉計。メーカー出荷金額ベースの数値)

確かに、欧米で普及が進む「肉そっくりの植物性たんぱく質」は、日本でも取り組みは増えているものの、まださほど普及していません。

そもそも日本では大豆製品を中心とした植物性たんぱく質が日常的に食されてきました。欧米の人々のたんぱく源は動物性6割、植物性4割という比率ですが、日本を含むアジア圏ではもともと動物性が4割、植物性が6割です。また、動物性たんぱく質の多くはシーフードが占めています。
つまり、“日本などでは植物性の代替たんぱく質などはとっくに普及している”ともいえるのです。

イケアの「ベジドッグ」、焼肉ライクの「NEXTカルビ」「NEXTハラミ」など、一部で人気の植物性代替肉も登場しているが、まだ一般の食卓に上る機会は多くない
※ 画像は各社プレスリリースより

米国などで植物性の代替肉市場が急伸している理由には、食スタイルの多様化や健康志向の影響、環境負荷に対する意識の向上などが関係しているようです。
日本では、信条や思想に基づいて食を選択する人が欧米ほど多くないということも、普及のサイズに影響しているかもしれません。

——欧米では、どのような代替肉の製品が普及しているのでしょうか。食べた感想はいかがでしたか。

ハム、バーガー肉、チキンナゲットなど、商品のラインナップが増えて、提供や販売も身近になっています。
味の感想は人によって意見が分かれるところですが、インポッシブル・フーズが2019年に発表した「インポッシブルバーガー2.0」などは、本物のハンバーガーとそっくりでした。植物性代替肉開発の二強である米国のインポッシブル・フーズとビヨンド・ミートの商品はかなりおいしくできていると思います。

——インテグリカルチャーでは、「細胞培養肉」を作る研究を行っているそうですが、一体どのような代替肉なのでしょうか。

家畜などの動物や魚介類の細胞を培養して作るタイプの代替肉です。いわば“細胞農業”であり、生産性や環境面におけるメリットが高いことが特徴です。
家畜を肉にして出荷する必要がなく、倫理面からも評価されています。また、人獣共通の感染症などのリスク低減にも繋がります。

——実際にどのような培養肉が開発されているのですか。

2019年に、世界初の培養フォアグラの生産に成功しました。現在は100gの生産に36,000円かかり、月に生産できるのも8㎏程度ですが、2025年には100gの生産コストを300円まで下げ、月産4tに生産規模を拡大する予定です。

現状は主にコスト面に課題は残るが、2030年頃から飲食店やスーパーでの提供・販売が開始される予定。2025年頃には本物のフォアグラよりも安く購入できる可能性が高いという

全て食品で構成された培養液を独自に開発し、シンガポールの細胞農業企業ショック・ミーツと共同で、エビ細胞培養肉の研究も行っています。また、日本ハムとの共同研究にも取り組み、細胞農業の大規模化と産業化も目指しています。

——細胞培養技術のみで、「肉にそっくりの食品」を作ることはまだ難しいのでしょうか。

イスラエルのアレフ・ファームズなどは、植物性代替肉と細胞培養肉の技術を組み合わせたステーキ肉を発表しており、国内の大手企業でも、同様の方法で「肉そっくり食品」の実用化に向けた研究が行われています。

ひき肉やペーストのようなタイプは開発とコスト低減がかなり進みましたが、分厚い肉や骨付き肉を作るのは、まだ難しい状況です。
スジやサシによる肉らしい味や食感の再現は、食品としての高付加価値に繋がる部分ですが実現は難しく、私たちも研究補助の段階にあります。3Dプリンタで作ったスジのある代替肉の開発に取り組む企業などもあります。

海外ではすでに培養技術を活用したチキンナゲットなどを売り出している企業もありますが、プラントの減価償却費などに鑑みると、コストをペイできているか疑問です。採算は度外視して、販売の承認を得たり、技術力をアピールしたりするために、販売を進めている可能性もあると思います。

アレフ・ファームズによる牛の細胞培養技術を投じた薄切りステーキ。植物肉と細胞培養肉のハイブリッドで、植物肉でできた骨組みを細胞培養肉で満たすような構造だという

——将来的には、どのような代替食品が登場するでしょうか。

開発が進めば、全国のブランド牛やブランドポークの細胞から作った代替肉の食べ比べセットだとか、脂っこさを段階的に変えたフォアグラなどを作ることなどが可能になります。食品会社はもちろん、細胞農業に取り組む農家や、料理人、クリエーターなどによる様々なアイデアから、画期的な製品が生まれる日も遠くはないでしょう。

獣肉に魚肉を組み合わせて新たな食味を生み出したり、栄養を添加した食品を作ったり、その他の化学技術などを組み合わせて特定の成分やアレルゲンなどを除いた食品などを作ることも、理論上は可能です。

ただ、このようなデザイナー・フーズに関しては健康食品や医薬品として扱われる可能性もあり、実現には法的な整備や慎重な議論が必要になります。

どんな商品をどう売り出していくかも普及のポイント

——今後の国内で、代替肉はどのように普及、拡大していくでしょうか。

植物肉に関しては、興味を持つ人も増えているでしょうし、安くておいしい製品の登場や、様々な売り出し方によって、食生活の中でおのずと受け入れられていくのではないでしょうか。

細胞培養肉でいうと、どのようなテーマでもハイプ・サイクル(特定の技術の成熟度や採用度、社会への適用度を示す指標)があるように、遅かれ早かれ期待のバブルがはじけるタイミングが来ると考えています。 フォアグラやチキンナゲットの開発が進んでも、すぐに安価でおいしい製品を大量に普及させることは難しいので、世の中が騒ぐほどの期待には応えられない状況が発生するはずだからです。

その時に、細胞培養技術に関わる企業が、逆風に負けずにどう地道に研究開発を進めるかは、一つの勝負所になってくるでしょう。
私たちも、根本的な技術研究を規格化してスタンダード化させることで、普及までの土台をしっかり安定させていきたいと考えています。食品開発に関わる上では、安全性やトレーサビリティも確保していかねばなりません。

数年でハイプ・サイクルの山を越えて、例えば、フォアグラが安く買えるようになって、次はカニが出てきたぞとか、マグロがかなりおいしいらしいぞとか、そういうニュースが続き、近所のスーパーやファミレスで食べられるようになる、といったように、じわじわと日常に浸透してくると思います。

——将来的に心配されている地球規模でのたんぱく質不足に、代替肉は対応していけるでしょうか。

当たり前のことですが、肉類の供給が足りなくなってきても、この世から急に無くなるわけではありません。数が減り、値段が上がります。肉の生産は当然、その他の農業資源にも影響します。食料価格全体の価格が高騰すれば、経済摩擦や、紛争といった問題が表面化する可能性もあります。

「いま世界中の人が肉食をやめて、たんぱく源を大豆製品などの植物性に切り替えれば、プロテイン・クライシスは起きない」ともいわれていますが、残念ながらこれは極論であり、方法としては非現実的です。
現状の食スタイルや、食を中心とした生活水準を維持したいという人々の欲求と、代替肉などの供給のバランスをどうとっていくかによって、代替肉の貢献度は変わってくるでしょう。

昆虫をたんぱく源とする昆虫食や、微生物や発酵の力で乳製品由来のたんぱく源を作る技術などの研究も進んでいます。 現状、欧米で6割、アジア圏で4割という動物性たんぱく質の消費の構成が今後どう変化していくかを、冷静に追っていく必要があると思います。

——代替肉がより人々の生活に受け入れられていくには、どのような課題があるでしょうか。

先述の通り、現状のコストや品質の問題をクリアして、安くておいしい代替肉を安定的に供給していくことはもちろん、今後どんな商品を完成させ、どう売り出していくかといったことや、「代替肉」そのものに心理的な抵抗を感じる人などに、どう説明していくかといったことを考えていく必要があると思います。
並行して、国産の代替肉がどのようにグローバル企業との競争力を付けていくか、なども課題になってくるでしょう。

化粧品や革製品の素材作りにも活用が期待される

——細胞培養技術の可能性についても教えてください。食品以外にも、生活にまつわる様々なものの製造に利用できるそうですね。

はい。私たちは代替肉を作る“お肉屋さん”ではなく、細胞培養技術とそれを活用するためのプラントを開発する“細胞培養屋さん”です(笑)。
動物種であればどの種類の細胞でも培養でき、化粧品や、レザー、毛皮などの素材も作ることができます。

すでに、化粧品メーカーの依頼に応じて、価格の高い成分の元になる細胞などを大量に培養する取り組みも行っています。肉を作るよりも手間がかからず、ビジネス的にはこちらのほうが先行しそうです。

ホルモン、血清、血球、血管と技術開発が進み、製品化可能なものが増えていく予定
※2020年 インテグリカルチャー作成資料 長期ロードマップ より

将来的なことをいえば、システムをより小型化することで、例えば自宅で自分の細胞を培養して作った素材からアンチエイジングに役立つコスメを作る、といったことも可能になるかもしれません。

——将来的には、医療や医薬品などにも活用できるのでしょうか。

可能性があり、実際に東京女子医科大学と共同で研究を行っています。ただ、ここはデザイナー・フーズにおける課題と同様に、再生医療の研究技術と重なる部分が多く、法的、倫理的な課題も多いため、より慎重に取り組んでいかねばならない分野でもあります。

ちなみに、細胞培養技術は医療だけではなく、宇宙開発の分野からも注目されています。細胞以外の資源をどう調達するかといった問題もありますが、例えば「火星に細胞農業のプラントを作る」といったことも、理屈としては可能だからです。

周辺で藻類や光合成を使って細胞培養液を、中央のビルで細胞培養肉を生産し、周辺の街に届ける、未来の細胞農業のイメージ。水や緑などに対する環境負荷を大幅に減らせる

——細胞培養技術は、人間の食文化にどう関わっていくでしょうか。

人類の宇宙への進出はまだ少し先の話になりそうですが、食を通じたコミュニケーションはいつの時代、どんな場所でも、人間らしい社会や文化の成立に欠かせない要素です。
その際、人々が囲む食卓の上の料理が、野菜や藻類や昆虫のみでは、残念ながら十分だとはいえそうにありません。やはり「必要なぜいたく品」である肉があってこそ、豊かなものになるといえるでしょう。

代替肉を作る細胞培養技術も、将来的な食の豊かさに貢献するテクノロジーの一つであることは間違いありません。多くの場面で細胞農業が活用され、人類が持続可能で人間らしい生活を送ることができる世界の実現を目指して、これからも研究・開発を進めていきます。

インテグリカルチャー株式会社 代表取締役CEO 羽生雄毅(はにゅう・ゆうき)さん

代替肉の新たな製造法として期待される細胞培養技術。現状は主にコスト面での課題が残るものの、今後は食品生産の新たな選択肢として、私たちの食卓を支えてくれそうです。コスメやヘルスケアの分野でも活用が進む可能性が高く、身近な暮らしに役立つ技術としての成長が期待できるでしょう。

Written by:
BAE編集部